大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 昭和24年(行)5号 判決 1949年11月16日

原告

重野嘉内

被告

新潟県知事

主文

被告新潟縣知事が別紙目録記載の(イ)の宅地につきなした買收処分の内右土地の南側崖下の公道に沿う十八坪の部分についてはこれを取消す。

原告その余の請求は何れもこれを棄却する。

訴訟費用は全部原告の負担とする。

請求の趣旨

被告新潟縣知事に対し、同被告が別紙目録記載の宅地につき自作農創設特別措置法第十五條の規定に依りなした買收令書の交付による買收処分はこれを取消す、訴訟費用は被告の負担とすとの判決を求め、右請求が理由なきときは被告國に対し同目録記載(イ)の土地の買收の対價金五百三十四円六十銭を金二万七千百六十円八十銭に、同目録記載(ロ)の土地の買收の対價五百五十四円四十銭を金一万二千六百十一円二十銭に各增額す、訴訟費用は被告の負担とすとの判決を求める。

事実

原告は、その請求の原因として、

別紙目録記載の土地はいづれも原告の所有であるが訴外持田米吉は右目録記載(イ)の土地について又訴外持田一雄は右目録記載(ロ)の土地についていづれも賃借権を有するものとして昭和二十三年八月中旬頃北條村農地委員会に対し自作農創設特別措置法第十五條の規定に依る買收の申請をなし同村農地委員会は右申請に基いて同法第三條の規定により買收する農地につき自作農となるべき右米吉及一雄が賃借権を有する宅地として右土地につき同法第十五條第一項第二号の規定により買收計画を定め同年同月三十一日その旨公告をなしたが原告はこれを知らなかつたので異議の申立ならびに訴願をしなかつたところ被告新潟県知事は右買收計画に基いて原告に対し同年十二月十三日買收令書を交付した。併しながら(一)自作農創設特別措置法第十五條の規定による宅地建物等の買收申請は同法第三條の規定により買收する農地若しくは同法第十六條第一項の命令で定める農地につき自作農となるべき者が其の農地の売渡を受ける以前又は遅くともこれと同時になすべきであつて訴外持田米吉及一雄が同法第三條の規定により買收せられた農地の売渡をうけたのはいづれも昭和二十二年十二月二日であるに拘らず同人等が本件土地の買收申請をなしたのは前記の如く昭和二十三年八月であるから右買收申請は適法になされたものではないのであつて右申請により定めた本件買收計画は違法である(二)原告は訴外持田米吉に対し別紙目録記載の(イ)の宅地の内その両側崖下の公道に沿う十八坪の部分はこれを賃貸してゐないのであるから右の部分については同人に於て賃借権を有しないのであつて、又原告は別紙目録記載の(ロ)の宅地の内百二坪を持田一雄の父量馬にその余の十坪を訴外重野俊男に田として賃貸してゐるのであつて一雄は右土地について賃借権を有しないのであるから北條村農地委員会が本件土地につき右米吉及一雄の両名がそれぞれ賃借権を有するものとして定めた本件買收計画は違法である、又(三)(1)訴外持田米吉は田三反六畝畑若干を耕作してゐるにすぎず生計は主として日傭による收益により立てられてゐるのであつてしかも本件(イ)の土地は公道より十数米の急勾配の坂の上に在つて持田米吉の耕作地とは半里乃至一里も遠く離れてゐるので農業の為使用するには不適当な土地である又右土地は原告が昭和五年一月三十日これを右米吉に賃貸したものであるが右賃貸借は昭和二十五年一月三十日借地法所定の期間満了によつて消滅するのであつてその後は原告及長女が住宅及医院を建設する為必要な土地であるのみならずその地下には約四千噸の亞炭が埋蔵されてゐるので近くこれを採掘する計画が立てられてゐるのである(2)訴外持田一雄は田三反歩畑若干を耕作してゐるにすぎず主として日傭による收益によつて生計を営んでゐるのである。右の様な事情の下に於いて持田米吉及持田一雄が本件土地の買收申請をなすことは相当でないのであるから北條村農地委員会が右申請を相当と認めて定めた本件買收計画は違法であつてこれに基いてなした被告新潟県知事の本件買收処分も違法であるからその取消を求めるものである。

而して宅地買收の対価はその時価を参酌してこれを定めなければならないのであるが、本件土地の地代の認可統制額は何れも一坪につき一ケ年五円六十三銭であつて土地の価格は通常地代の二十ケ年分以上に相当するのであるから本件土地の価格は通常の場合に於いて少くも右地代の認可統制額に坪数と二十を乘じた額即ち(イ)の土地については一万二千百六十円八十銭、(ロ)土地については一万二千六百十一円二十銭である。しかも(イ)の土地には前記の如く亞炭が埋蔵されてゐるのみならず部落の内最も良好な位置を占めてゐるので右土地については更に少くとも一万五千円を加算すべきである。従つて、本件土地の時価は少くとも(イ)の土地については金二万七千百六十円八十銭(ロ)の土地については一万二千六百十一円二十銭を相当とするのである。然るに北條村農地委員会が定めた本件土地の買收の対価はわづかに(イ)の土地については金五百三十四円六十銭(ロ)の土地については金五百五十四円四十銭であつて不当に廉価であるから右時価相当まで增額すべきである。よつて被告新潟県知事に対する前記請求が理由なきときは被告国に対し本件土地の対価について右の如く增額を請求するため本訴に及んだのである、と謂うのであつて訴外持田米吉、同一雄が被告新潟県知事主張の如くそれぞれ農地の売渡を受けたこと及本件土地の賃貸価格が被告国主張の如くいづれも一坪につき一ケ年九銭であつて賃貸価格の五十五倍で買收の対価が定められたことは何れも認める、と述べた。(立証省略)

被告等の指定代理人両名はそれぞれ請求棄却の判決を求め、被告新潟県知事指定代理人は訴外持田米吉及同一雄が原告所有の別紙目録記載の(イ)及(ロ)の宅地についてそれぞれ賃借権を有するものとしてこれにつき原告主張の日に北條村農地委員会に対し自作農創設特別措置法第十五條の規定に依る買收の申請をなし同村農地委員会が右申請を相当と認めて右土地につき原告主張の如き買收計画を定めて昭和二十三年八月三十一日その公告をなしたこと、原告より異議の申立ならびに訴願がなかつたので被告新潟県知事が右買收計画に基いて原告主張の日に原告に対し本件土地の買收令書を交付したこと、訴外持田米吉及同一雄が原告主張の日に自作農創設特別措置法第三條の規定により買收せられた農地の売渡を受けたこと、訴外持田米吉が本件(イ)の宅地の内南側崖下の公道に沿う十八坪の部分を除いたその余の部分を昭和五年一月三十一日より賃借して居つて右十八坪の部分はこれを賃借してゐないこと、同人が田三反六畝畑若干を耕作し傍ら日傭を業としてゐること、訴外持田一雄が農業の外日傭を業としてゐることはいづれもこれを認めるがその余の事実はすべて否認する。訴外持田一雄は昭和十八年十二月頃父量馬より本件(ロ)の土地の賃借権の譲渡を受け原告は暗默にこれを承諾してゐたのである。而して訴外持田米吉は昭和二十二年十二月二日自作農創設特別措置法第三條の規定により買收せられた田三反四畝二十八歩の売渡を受け本件買收計画が定められた当時田三反六畝畑二反を耕作し、又持田一雄は同日同法第三條の規定により買收せられた田一反九畝十六歩の売渡を受け本件買收計画が定められた当時田四反三畝余畑一反四畝を耕作し、何れも農業によつて主たる收入を得てゐたので北條村農地委員会は右両名の前記買收申請を相当と認めて本件買收計画を定めたものであつて右買收計画には何等原告主張の如き違法はなく従つてこれに基いてなした被告新潟県知事の本件買收処分にも違法はないのである。しかも自作農創設特別措置法第十五條の規定によつて定められた買收計画については異議の申立並訴願による不服申立の方法が認められてゐるに拘らず原告は本件買收計画について法定の期間内にこれをしなかつたのであるから原告は最早右買收計画の違法を理由として本件買收処分の取消を求め得ないのであつて原告の本訴請求はこの点に於いても失当である。と述べ、被告国指定代理人は北條村農地委員会が本件宅地について原告主張の如く買收計画を定め被告新潟県知事の買收令書が原告主張の日交付されたことは同農地委員会の定めた本件土地の買收の対価及右土地の地代の認可統制額がいづれも原告主張の通りであることは認めらるがその余は否認する。本件土地賃貸価格はいづれも一坪につき一ケ年九銭である。しかして北條村農地委員会は自作農創設特別措置法第十五條第三項同法施行令第十一條の規定により昭和二十二年五日七日第三囘中央農地委員会において決定した宅地の対価算定基準に則つて右賃貸価格に財産税法に定める倍率(五十五)を乘じて得た額をもつて前記買收の対価としたものであつて、これ以上增額することは出来ないのである。従つて原告の本訴請求は失当であるとのべた。(立証省略)

理由

訴外持田米吉が本件(イ)の土地につき、訴外持田量馬の子一雄が本件(ロ)土地についていづれも賃借権を有するものとして昭和二十三年八月中旬頃北條村農地委員会に対し自作農創設特別措置法第十五條の規定による買收の申請をなし同農地委員会は右申請を相当と認めて同法第三條の規定により買收する農地につき自作農となるべき右米吉及一雄がそれぞれ賃借権を有する宅地として右土地につき同法第十五條第一項第二号の規定により買收計画を定め同年同月三十一日その公告をしたこと、これに対し原告より異議の申立並訴願がなかつたので被告新潟縣知事は同年十二月十三日原告に対し右土地の買收令書を交付したこと、訴外持田米吉が昭和二十二年十二月二日自作農創設特別措置法第三條の規定により買收せられた田三反四畝二十八歩の賣渡を受け又訴外持田一雄が同日同法第三條の規定により買收せられた田一反九畝十六歩の賣渡を受けたことはいづれも当事者間に爭のないところである。而して被告新潟縣知事は原告に於いて右買收計画に対し異議の申立ならびに訴願をしなかつたのであるから最早右買收計画の違法を理由として同被告のなした本件買收処分の取消を求め得ないのであると主張するので按ずるに自作農創設特別措置法第十五條の規定による宅地の買收は市町村農地委員会に於いて買收計画を定め都道府縣知事がこれに基いてその所有者に対し買收令書を交付してなすものであつて前後の行政処分が順次段階的になされ相結合して買收の効果を生ずるものであるからかかる場合には市町村農地委員会の定めた前の買收計画に対して同法の規定する異議の申立ならびに訴願の方法により不服の申立をなさず從つて右買收計画の違法を主張してその買收計画自体の取消を求めることは最早なし得ない状態にあつてもその買收計画の違法を理由として都道府縣知事が買收令書の交付によつて後になした買收処分の取消を訴求し得るものと解するのか相当であつてこの点に関する同被告の右主張は採用することが出來ない。そこで次に原告主張の(一)の点につき判断するに、自作農創設特別措置法第十五條の規定による土地建物等の買收申請はその者が同法第三條の規定により買收する農地若くは第十六條第一項の命令で定める農地の賣渡を受けた後に於いてもこれをなし得るものと解すべきであつて右農地の賣渡を受ける以前又はこれと同時にしなければならないと解すべき理由は何等存しない。同條に自作農となるべき者とあるのは別に右申請の時期を限定した趣旨ではないのである(もつとも昭和二十四年六月二十日公布の同法の一部改正法では右農地の賣渡をうけた後一年以内に限定せられたけれどもこれが遡及して本件買收申請に適用せらるべきでないことは言をまたない)從つてこの点に関する原告の主張は失当であつて採用の限りでない。よつて原告主張の(二)につき按ずるに訴外持田米吉が原告より別紙目録記載の(イ)の宅地の内南側の崖下の公道に沿う十八坪の部分はこれを賃借してゐないことは被告新潟縣知事の認めるところであるから同被告が右米吉に於いて右(イ)の土地につき賃借権を有するものとして定めた本件買收計画は右の部分については違法と云はなければならない。次に原告が別紙目録記載の(ロ)の土地の内十坪を訴外重野俊男に賃貸してゐる事実については証拠がなく証人持田量馬、持田一雄の証言及原告本人訊問の結果によれば右(ロ)の土地は訴外持田一雄の父量馬が原告より昭和十二年頃期間を定めず賃借したことが認められる。而して被告は右(ロ)の土地は一雄に於いて昭和十八年末頃父量馬より賃借権の譲渡を受け原告はこれを暗默の内に承諾してゐたのであると主張するが此の点に関する証人持田量馬の証言は信用を措くことが出來ず他にこれを認めるに足る証拠はない。而しながら前記証人持田一雄の証言に依れば持田量馬は現在六十九才の老令で農耕その他の仕事に從事することが出來なくなつたので昭和十八年末頃事実上の隠居をなし長男一雄に農業経営その他の家事一切の処理をまかせて手を引いたのでそれ以後は右一雄が農業経営の主体となつて家事一切を処理し本件宅地の管理をもこれを爲して來たことが認められ又右一雄が自作農創設特別措置法による農地の賣渡をうけてゐることは前記の通りであつて、この樣な場合に北條村農地委員会が右一雄の申請により本件買收計画を定めたのは此の点に於いて別段違法であると云うことは出來ない。よつて次に原告主張の(三)の点につき判断するに証人木村又藏、持田米吉、持田一雄の各証言及檢証の結果を綜合すれば訴外持田米吉は田三反六畝畑二反を、同持田一雄は田四反余畑一反四畝を耕作して農業を営みいづれも農業によつて主たる收入を得て居り本件宅地はそれぞれその住居に使用してゐるのであつて同人等が農業を営むため必要な土地であることが認められる。原告は訴外持田米吉、同一雄はいづれも主たる收入を日傭によつて得て居ること、本件(イ)の土地は原告が長男及長女に医院を開業させる爲に必要な土地であることなど種々主張するが原告本人の供述中右主張に副う如き供述はにはかに信用することが出來ず他に右事実を認めるに足る証拠は存しない、もつとも証人中村助一の証言によれば本件(イ)の土地の地下に若干の亞炭が埋藏されてゐることが認められるけれどもその採掘は到底採算がとれないため経済的に不可能であることが同証人の証言により窺はれる。從つて北條村農地委員会が訴外持田米吉、同一雄の買收申請を相当と認めて本件買收計画を定めたのは正当であるからこの点に関する原告の主張は排斥を免れない。さすれば北條村農地委員会が定めた本件買收計画は別紙目録記載の土地の内(イ)の南側崖下の公道に沿う十八坪の部分については違法であり從つて右買收計画に基いて被告新潟縣知事がなした買收処分は本件土地の内右の部分については違法である、よつて同被告に対し右買收処分の違法を主張してその取消を求める原告の本訴請求は本件土地の内(イ)の右の部分については正当であるからこれを認容しその余の部分及(ロ)の土地については失当であるからこれを棄却すべきである。次に原告の被告國に対する請求の当否について判断するに自作農創設特別措置法第十五條の規定による宅地買收の対價は同法施行令第十一條の規定により中央農地委員会の定める基準即ち賃貸價格の五十五倍の範囲内に於いて時價を参酌してこれを定むべきものと解すべきである(此の点昭和二十四年六月二十日法律第二百十五号農地調整法の一部を改正する等の法律第八條による自作農創設特別措置法第十五條の改正後は義問の余地がなくなつたが右改正以前に於いても同樣の趣旨に解すべきである)。而して本件宅地の賃貸價格が坪九銭であつて本件買收の対價がその五十五倍である(イ)の土地については五百三十四円六十銭(ロ)の土地については五百五十四円四十銭と定められたことは当事者間に爭がないのであるから右対價は正当であつて此の点に関する原告の主張は同法條の解釈を誤つたもので失当たるをまぬかれない。よつて原告の被告國に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條第九十二條を適用して主文の通り判決する。

(山村 松永 中村)

(目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例